西川倫貴与 Tomokiyo Nishikawa

私

はじめまして。

 

西川倫貴与こと、山口倫未です。叔母、西川鯉貴与に日本舞踊を師事。祖母、杵屋和三峰に長唄三味線を師事。祖々母、河内宗志に茶道(裏千家)を師事。また、鳴物(鼓)を住田長三郎に師事。

 

私の人生の一部となってきた和文化を、より多くの方に楽しんでいただきたいと思っております。

また、日本の素晴らしい文化を世界に伝えていこうと考えています。

 

敷居が高い、厳しい、堅苦しいと思われがちな日本舞踊を、私の教室では「自分軸で、楽しむ日本舞踊」として皆様にお伝えしていきます。

新しい日本舞踊への軌跡

日本舞踊家に生まれて

私は、舞台のある家に産まれました。
そして、日本舞踊が日常生活の一部でした。叔母の西川鯉貴与に日本舞踊を師事し、着物も和文化も当たり前にある生活をしてきました。
その後5年間当たり前の和文化の暮らしから離れ、結婚〜子育てをし、多くの人生経験をさせていただきました。どれも今の私にとって、かけがえのない経験となりました。
そして和文化のある暮らし、日本舞踊家として戻った時「私の人生は日本舞踊と共にあるのだ」と確信しました。

日本舞踊界の変動

2018年頃、私は日本舞踊界が低迷していることを知りました。
日本舞踊教室が減ってきている現状。さらには、私と関わりが強かった舞踊業者の方が倒産していたこと、赤字続きで代々続いてきた土地を離れなければならなくなっていることを知りとても心が痛く悲しみました。
私の一部でもある日本舞踊界が、どうして今こんな事になっているのか?歴史を調べたり、現状を確認していきました。
すると、踊りの始まりは、「岩戸開きのアメノウズメノミコトの命の神話の人を楽しませる踊り」そして、日本舞踊は気軽に楽しめる娯楽の一部ということが見えてきました。

お家元制度で守られてきた伝統の踊りと楽しむ日本舞踊

歴史を調べていくと、着物から洋服に変わっていく中で、日本人の伝統を守っていくために、どうしても日本の伝統文化を日本舞踊を継承する必要があったのです。今では、当たり前となった「お家元制度」というルールで守る必要があったのだと分かりました。

残念ながら、私は「お家元制度」が敷居を高くしてしまった原因の一つではないかと思います。

しかし「お家元制度」があったからこそ、今の日本舞踊界があり、私にも伝わったと思います。お家元はじめ伝承してきて頂いた皆様に感謝しております。

ですから私は令和という新しい時代からは「お家元制度」もあり、「楽しむ踊り」もあっていいと考えます。

枠にとらわれない新時代の日本舞踊

2019年、私はスピリチュアルの世界に携わることになります。スピリチュアルの世界は素晴らしいものでした。自分軸の大切さに気付かせてくれました。
そして、日本舞踊も自分軸を大切に「軸」を上手く使って踊ることで表現方法〜「自分軸の踊り」も発見しました。
令和の新時代。伝統も守りつつ、枠にとらわれない新時代の楽しむ日本舞踊を広めたい!という想いで教室運営、オンラインでの日本舞踊教室を展開していきます。

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地域・文化交流貢献活動

マレーシア国際交流事業

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私の住まい豊川市とマレーシアとの国際交流会で、踊りを披露しました。

マレーシアの方に、踊りを泣いて喜ばれて、嬉しいかぎりです。前市長さんや国際交流の方々とのお話もとても楽しかったです。やはり、着物が大人気!!日本の伝統文化が大人気でした。

マレーシアの方々はじめ、海外の方は日本の文化が大好きなんだな〜と改めて感じました!ありがとうございます。

着物が着れるということ、日本舞踊が踊れること、日本の文化が伝えられること、本当に嬉しく思います。これからも、日本の文化、着物、日本舞踊をこれからも楽しく伝えていきます!

老人ホーム訪問舞踊

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市内の老人ホームにご依頼をいただいて、訪問舞踊させていただきました。

踊りをじっくりご覧いただき、拍手をいただいたり、楽しい時間でした。

このように、ご依頼をいただいて、皆さまのこころが豊かになるように、日本舞踊の文化を広めていく活動も行っております。